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【建設DXインタビューリレー Vol.6】大林組杉浦伸哉氏が語る、i-Constructionの本質と建設DXの勘所

(写真右:大林組杉浦伸哉氏、写真左:ランドログ関川祐一)
【建設DXインタビューリレー Vol.6】大林組杉浦伸哉氏が語る、i-Constructionの本質と建設DXの勘所

【建設DXインタビューリレー Vol.6】
大林組杉浦伸哉氏が語る、i-Constructionの本質と建設DXの勘所

2016年に国土交通省が提唱した「i-Construction」。建設プロセスのICT活用による生産性向上は、建設業界全体の喫緊の課題です。施行から9年が経過した今、i-Constructionはどこまで浸透し、どのような成果と課題が見えてきたのでしょうか。本稿では、i-Construction推進の第一線で活躍されてきた杉浦伸哉氏と、建設IoTプラットフォーム「ランドログ」の立ち上げから関わる関川祐市(株式会社EARTHBRAIN)が、その本質、初期のインパクト、データドリブンなアプローチの重要性、そしてデジタルツインの可能性と直面する課題について語ります。

<お話を伺った方>

杉浦 伸哉 さん株式会社大林組 ビジネスイノベーション推進室 部長、国交省自動自律化協議会委員ほかを務める(取材当時)

関川 祐市株式会社EARTHBRAIN ランドログカンパニー ヴァイスプレジデント

(本記事は、日本の建設DX・建設IoTが目指すべき方向性を探る『建設DXインタビューリレー』の第六回です。)

前回のインタビューはこちら
【建設DXインタビューリレー Vol.5】航空宇宙、ドローン、そして建設DXへ - ローカスブルー宮谷氏が語る創業とプロダクト開発の道のり

i-Constructionの原点:「規制概念の打破」こそが本質

進行:本日は「建設業の課題、i-Constructionの現在地」をテーマに、まず杉浦さんにお話を伺います。杉浦さんは日建連のi-Construction技術タスクフォースリーダーとしてもご活躍され、i-Constructionを牽引するお立場にいらっしゃいました。i-Construction制定から9年が経過しましたが、その間の進捗や課題感について、ご認識をお聞かせいただけますでしょうか。

杉浦:i-Constructionの立ち位置についてですが、土木業界では当初、その意味を正確に理解している人は多くありませんでした。しかし、i-Constructionの基本的な考え方は、生産性や効率の向上という表面的な目標以前に、より根源的な「規制概念を打破する」という点にあります。

日本のインフラ工事は、そのほとんどが仕様規定に基づいており、各プロセスで発注者の確認を必要とする「ストップアンドゴー」方式が長年採用されてきました。この方式は、戦後復興期のようにインフラを急速に整備する必要があった時代には有効な手段でした。しかし、高度経済成長が終焉を迎え、社会が成熟期に入った現代において、従来の画一的な仕様規定が果たして本当に適切なのか、という疑問が生じてきたのです。

i-Constructionが立ち上げられた背景には、このような問題意識があります。実際に、小宮山氏が最初に発表した関連レポートにも、「規制概念の打破」という言葉が明確に記されています。つまり、従来定められた手法に固執するのではなく、最終的な成果が同等であれば、プロセスについては柔軟性を持たせるべきだ、というのがi-Constructionの目指すところでした。ICT建機の導入やデジタル技術の活用は、あくまでその目的を達成するための手段の一つに過ぎません。

最も重要なのは、「現在行っている業務プロセスが本当に正しいのか」という問いを受注者と発注者が共に考え、見直していく姿勢です。i-Constructionはこの根本的な思想からスタートしていると、私は理解しています。この本質を共有し、i-Constructionを推進していくことが、極めて重要だと考えています。

そして、「規制概念の打破」という課題は、受注者だけでなく、発注者側にも向けられています。i-Constructionの施策が契機となり、「三方一両損」の精神や「品確法(公共工事の品質確保の促進に関する法律)」などが整備され、受発注者双方が効率化に向けて何をすべきかが法律上も明確に示されるようになりました。その意味で、i-Constructionは建設業界全体に大きなインパクトを与えたアクションだったと、私は評価しています。

現在、「i-Construction 2.0」が発表され、取り組みはさらに拡大・深化しています。初期のi-Constructionよりも踏み込んだ内容が示されてはいますが、10年という節目を迎える今こそ、改めてi-Constructionの原点である「規制概念の打破」という理念に立ち返り、物事を捉え直す時期に来ているのではないでしょうか。

「規制概念の打破」の実践と官民連携の成功体験

進行:「規制概念の打破」という根本的なコンセプトは、なかなか伝わりにくい部分があるかもしれません。その本質が現場に十分に共有されていないという印象について、杉浦さんはどのようにお考えでしょうか。

杉浦:本質が伝わりきっていないというご指摘ですが、発注者の立場としては、ある程度はそのようなメッセージも発信しているつもりです。しかしながら、受注者側が、「既存のルールは変えても良いのだ」という前提に立ち、必要な情報を揃えて発注者に積極的に提案・交渉していくというマインドセットが、まだ十分に醸成されていないのが現状ではないでしょうか。長年、仕様規定に基づいた業務遂行に慣れてきた受注者は、確立されたプロセスを変更することへの抵抗感や、「変えられないものだ」という先入観を持っている傾向があるように感じます。

しかし、i-Constructionが出た当初、私は、発注者が本当に規制概念の打破を本気で考えているのかを注視していた案件がありました。i-Constructionが出た時に、様々な基準類やガイドラインが公表されました。その中に、UAVを使った測量に関する基準があり、UAVで撮影した写真から三次元モデルを作成する際のラップ率が90%以上と規定されていました。しかし、実際に90%のラップ率で撮影すると、膨大な時間がかかり、現実的ではありませんでした。

私が以前80%のラップ率で撮影したところ、十分な結果が得られたため、なぜ90%なのか、80%でもほぼ同じ結果が得られることをデータで示し、発注者に問いかけました。i-Construction元年のことです。ラップ率を90%から80%に下げることで、飛行時間は1/10になります。これは、まさに生産性向上に繋がります。比較データを示した結果、行政側も検討し、1年後にはラップ率が80%に改定されました。この経験から、私は、発注者も本気で変革に取り組んでいることを実感し、まさに官民一体となって考えるという世界観が、一つの事例ではありますが、実現できたのではないかと思います。これは、i-Constructionが業界のマインドを変えるきっかけとなった大きな出来事だったと思います。

デジタル技術による効率化と、変わるべきルール

進行:制度が実態に合わせて変わっていく中で、発注者側の変革への意気込みを感じられたのですね。UAVの事例以外にも、同様の変化はあったのでしょうか。

杉浦:はい。3Dレーザースキャナーによる点群取得も同様です。従来の出来形検査では、線形構造物は20mピッチの測線で断面比較を行っていましたが、3Dレーザースキャナーの登場で面的な管理が可能になりました。しかし当初、出来形管理基準は20m測線のままでした。新しいツールを使っているのに旧ルールで検査するのはおかしい、ということで、「ヒートマップ」による面的検査方式が導入されました。デジタルツールを使う際は、既存のやり方を置き換えるだけでなく、負荷を削減し効率化する方法を検討する必要があります。点群データを取得しているのに、20mごとに断面を取るのは意味がありません。

この点が、i-Constructionのすごさであり、理解している人は高いマインドで取り組んでいますが、仕様規定に慣れている人は、言われたことをやれば良いと考えがちです。そこに、デジタル格差が生まれます。戦後日本の経済復興期には、短期間で多くのインフラ構造物を作る必要があったため、決められたやり方を配布し、行政側がチェックすることで、一定の品質を保つことができました。しかし、時代は変わりました。本来は、仕様規定から性能規定に移行すべきですが、発注のやり方を変えることは容易ではありません。450万人もの労働者を抱える建設産業を支えるためには、一部の人ができることではなく、多くの人ができることを基準にする必要があります。国交省は、常に最も多くの人ができるレベルに合わせて物事を進めます。一度染み付いた考え方ややり方を変えることは容易ではありませんが、それを変えようとしたのがi-Constructionであり、非常に大きな意味を持っています。

デジタル技術活用の「勘所」と業界参入の新たな動き

進行:9年という歳月で、i-Constructionの考え方はどの程度広がり、制度は変わってきたのでしょうか?

杉浦:1年で全てが変わるわけではありません。しかし、細かな部分では、最新のデジタル技術を使えば、従来のやり方でなくても、品質管理を含めて、より幅を持たせることができるという考え方が浸透してきており、効果はあったと思います。ただ、この9年間、ICT導入協議会で様々な議論が行われてきましたが、徐々に議論の内容が細かく深くなりすぎてしまったという側面もあります。そろそろ、別の視点が必要かもしれません。

関川:i-Construction以降、検査フォームや使用する測量機器も変わり、以前のように測量学や土木学を学んだ人でなくても、新しい機器を使えば、後から勉強しても測量ができる時代になりました。これは、土木業界に、全く異なる業種からでも参入しやすくなったことを意味します。i-Constructionは、そのような面でも効果があったと思います。

杉浦:しかし、受発注者双方、あるいは他産業から参入する方々に対して、確実に抑えておくべき点があります。それは、デジタル技術を使えば、ボタンを3つ押すだけで答えが出てしまうとしても、「大体合っている」という感覚はすぐには分からないということです。異なる業界から参入した方々には、測量の基礎知識を最低限学んでほしいと思います。測量学を徹底的に学ぶ必要はありませんが、勘所は重要です。業界を知らない人が、ツールを使うのが上手くても、答えを出すのが早くても、合っているか間違っているかの感覚は必要です。

インフラは、地球上の1点に物を作るため、この感覚は常に意識しておく必要があります。線形構造物は長く、例えば10kmの河川改修工事では、全体を一目で見ることができません。通常は、工区を分割して施工しますが、中心線が本当に繋がっているかを確認するのは発注者の役割です。プロジェクトマネージャーである発注者が中心線をチェックする際に、測量業者や他業界からの参入者に依頼することは可能ですが、その線がずれていないか、座標値が正しいかなどを判断できる知識が必要です。他産業からの参入を妨げるわけではありませんが、測量の基本を理解し、公共事業の場合は資格が必要であるということを認識しておく必要があります。

関川:若手が入りにくくなっている状況もあり、皆さん苦労されていますが、YDN(若手デジタルネットワーク)の方々など、プロフェッショナルな方々が、自分たちで学校を開き、基礎から教えているという話も伺っています。

杉浦:これは非常に重要なポイントです。何をするにしても、基礎は大切です。

データドリブンへの移行とランドログの役割

進行:i-Constructionの歴史と共に歩んでこられた中で、ランドログの立ち上げ(2017年)はどのような位置づけだったのでしょうか。また、デジタルツールが進化する中で、印象的な出来事はありましたか?

関川:ランドログ立ち上げ当初、私も土木技術者として、従来のやり方を変えることへの戸惑いはありました。プロセスを部分的にでも変更することに不安を感じる方は多かったと思います。しかし、徐々にi-Constructionが浸透し、やらざるを得ない状況になる中で、パイオニアの方々が育つ一方、追いつけないという二極化も見られました。そこでランドログとしては、出遅れた方々でも安価に利用できるシステムを提供し、最初の一歩を踏み出す支援をしたいと考えました。コマツのスマートコンストラクションとも連携し、導入しやすいソリューションを提案していました。

杉浦:「帳票ドリブンで行くのか、データドリブンで行くのか」という点は、非常に重要な分岐点です。土木工事、特に公共事業では長らく帳票がプロセスのチェック結果の全てでした。私が建設会社に入った頃は手書きが当たり前で、ワープロになっても本質的なデジタル化ではありませんでした。そうした時代を経験した方々にとって、データドリブンで物事を考えるのは容易ではありません。

しかし、i-Construction開始から約10年で、業界の意識は大きく変わりました。まだ道半ばですが、「データで物事を語る」という意識が確実に芽生えています。経験に基づく直感は重要ですが、それに加えてデータで「おかしい」と感じた点を検証する行動が求められます。点群データや機械の稼働ログなどを見て、異常な傾向がないかを確認し、データに基づいて判断する。これこそ土木が本来やるべき姿であり、自然を相手にするからこそデータは不可欠です。

エンジニアにとって「勘所」は重要ですが、それは経験で養われます。若手にはまだそれがなくても、データで論理的に説明することは可能です。「このデータが通常と異なるのはなぜか」と指摘できる思考の変化こそが重要です。しかし、「俺の経験ではこうだ」と主張するだけでなく、データに基づいて説明できる人材はまだ少ない。かつての「俺の背中を見て育て」は通用せず、これからは理論とロジックで指導する必要があります。データを駆使して結論を導く、それがエンジニアの本質ですが、土木業界ではまだ実践が不足しています。

ヨーロッパのエンジニアの地位が高いのは、こうしたデータとロジックに基づいた思考を実践しているからです。世界の軍事技術もデータドリブンでなければ勝てません。日本の土木エンジニアは、まだ勘に頼る部分が残っています。この9年間で変化は実感できますが、まだ十分ではありません。だからこそ発注者は、「データドリブンで考える」ことの重要性を伝えようと努力しているのです。i-Constructionは費用がかかるというイメージがあるかもしれませんが、それは少し違うかもしれません。

進行:若手がデータで貢献を実感できることは、離職率低下にも繋がるかもしれませんね。

杉浦:それはありますね。若手がデータで全てを立証することが全てではありませんが、多様性を受け入れ、それぞれの強みを活かすことが重要です。

i-Constructionの本質を理解し、データとプロセスに向き合うこと。その先に、建設業界の真のDXが見えてくるはずです。しかし、そのためにはまだ多くの課題が横たわっています。Vol.7では、デジタルツインの可能性と、DXを阻むより深い壁、そしてそれを乗り越えるためのマインドセットについて、さらに議論を深めていきたいと思います。

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