前回のVol.6では、i-Constructionの原点である「規制概念の打破」や、デジタル技術活用の初期の成果と課題、そしてデータドリブンな思考の重要性について議論しました。本稿では、その議論をさらに深め、建設業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)を阻む根本的な壁、特に業務プロセスの変革の難しさ、そしてそれを乗り越えるために不可欠な「リスペクト・アンド・トラスト」の精神や組織文化のあり方について、杉浦伸哉氏と関川祐市(株式会社EARTHBRAIN)が鋭く切り込みます。
<お話を伺った方>
杉浦 伸哉 さん株式会社大林組 ビジネスイノベーション推進室 部長、国交省自動自律化協議会委員ほかを務める(取材当時)
関川 祐市株式会社EARTHBRAIN ランドログカンパニー ヴァイスプレジデント
(本記事は、日本の建設DX・建設IoTが目指すべき方向性を探る『建設DXインタビューリレー』の第七回です。)
前回のインタビューはこちら
【建設DXインタビューリレー Vol.6】大林組杉浦伸哉氏が語る、i-Constructionの本質と建設DXの勘所(前編)
進行:Vol.6の最後で、i-Constructionやデジタル技術の活用には基礎知識と「勘所」が重要であり、それが次のデータドリブンなアプローチやプロセス変革に繋がるというお話がありました。関川さん、ランドログとして若手支援やデータ活用の取り組みについて、さらに詳しくお聞かせいただけますか。
関川:はい。ランドログとしては、i-Construction対応に出遅れた方々でも、簡単で使いやすいものを開発し、特に若手が新しいツールを使いこなすことで自信をつけ、社内で頼られる存在になる、そういった成功体験を支援したいという想いは設立当初から変わりません。データドリブンという点では、コマツの坂根相談役も常々その重要性を説いており、それがランドログの思想の根幹にもなっています。現場に散在するデータや、まだ取得できていない情報をIoTで収集し、プラットフォームで活用可能にすることは、我々の基本的な使命です。
杉浦:センサー技術や通信環境の進化により、現場をデジタル空間にリアルタイムで再現する、いわゆるデジタルツインを構築できる環境は格段に整い、コストも下がってきました。理論上は誰でも活用できるはずですが、実際には導入に踏み切れない企業が多いのはなぜでしょうか。それは、デジタルツインの真の価値や具体的な活用イメージが、まだ十分に浸透していないからかもしれません。
関川:おっしゃる通りです。単にデジタルツインという言葉や技術があるだけでは不十分で、それを使う現場の人々の「欲求」が満たされなければ普及は難しいと感じています。例えば、一つのデータ、建機の位置情報だけでは現場の複雑な状況は管理できません。人間は天候、資材、作業員の配置など多くの情報を総合的に判断します。単一データへの過度な期待は、現場業務の改善に繋がりにくいのです。たとえ技術的に完璧なツールができても、100人いれば100通りのニーズがあり、自分の経験則に合わなければ受け入れられにくい。ユーザーが多様なデータを主体的に組み合わせて活用できる環境が、まだ不足しているのかもしれません。
杉浦:その通りですね。そして、その「感覚」は、受注者と発注者でも大きく異なります。デジタルツインで全てのデータが取れるようになっても、受注者側にはその情報に積極的に触れようとしない層がまだ多くいます。ここに発注者が加わるとどうでしょうか。受注者は現場をリアルに把握したいという欲求がありますが、発注者は現行の仕様規定上、検査監督の現地立ち会いが原則です。この調整に多大な時間が費やされていますが、デジタルツインがあれば、監督官は好きな時に状況確認ができます。
もしルールが変わり、規制概念が打破されれば、デジタルツインは受発注者間の強力なプラットフォームになり得ます。そのためには、各々が何を欲しているかを明確にし、協調領域として共有すべきデータと、競争領域として各社が独自に持つべきデータを切り分ける必要があります。しかし、現状ではルール変更の壁と、受注者側のプロセス変革へのパワー不足がそれを阻んでいます。建築分野でさえ、既存の社内フローを壊すことへの抵抗感から、BIMのような有望な技術の全面的な活用が進んでいないのが実情です。
進行:BIM/CIMの導入やプロセスの標準化は、理想と現実のギャップが大きいようですね。
杉浦:BIM(Building Information Modeling)はプラットフォームになり得る技術ですが、「使いこなせない」という声が多い。建築では設計図面がスケッチに近く、現場で「施工図」として描き直されます。BIMモデルもそのままでは使えず、「生産設計」担当者による現場状況に合わせた修正が不可欠です。この2Dの複雑なプロセスを3Dでどう効率化するかが課題です。
土木ではコンサルタントが施工図を作成しますが、設計時の地形と現状が異なれば設計変更が生じ、誰が図面を修正するのかという問題が出ます。ICT建機用データ作成の困難さもこれが一因です。土木と建築では状況が異なりますが、プラットフォームとしてのBIM/CIMの役割は共通です。しかし、出来形検査などの細かな規定が連携のネックになります。日本人は細部を気にするため、設計から維持管理までの全プロセスを見える化し、「どこを人が、どこをツールで、あるいは順番を変えるか」を全員で議論する必要があります。
企業の利益に直結する部分は競争領域ですが、プラットフォームの最低要件や国のガイドラインは協調領域です。このサイクルを回すには、まず自社の業務プロセスが現状どうなっているかを詳細に理解することが不可欠です。これは非常に重要ですが、大変なため多くの企業が着手しません。なぜなら、今のやり方でも利益が出てしまうからです。しかし、本気でDXを推進するなら、経営層もエンジニアも「自分ごと」として結果を出す覚悟が必要です。デジタルは最初に果実を得た者が勝つ世界です。
進行:EARTHBRAIN(ランドログ)でも、建設プロセスの標準化には取り組みましたが、共通化しすぎると個別の現場課題にフィットしないという問題がありました。
杉浦:プロセスを見える化する際、単純化しすぎると実態から離れてしまいます。細かく、手間と時間をかけて分析しなければ、本質は見えません。「どのデータが元で、どう加工されたのか」を詳細に追う必要があります。私も経験しましたが、これは非常に骨の折れる作業です。社内で展開しようとしても、結局は「丸めて」しまい、有効なプロセス定義には至りませんでした。これを乗り越えるには、業界知識のないプロセスの専門家を入れ、徹底的にヒアリングしてもらうのが有効でした。最初は衝突も多いですが、そこを乗り越えると、品質、コスト、納期、安全、環境といった管理項目や作業の関連性が全て可視化された、企業の競争力の源泉となるプロセスマップが完成します。これがあって初めて、デジタル技術を効果的に組み合わせ、真の要件定義に繋げることができます。
「最新ツールを導入したからDXができる」というのは短絡的です。まず自分たちのプロセスを理解しなければなりません。ランドログが立ち上がった時、そうしたプロセス定義とデータ活用を支援する会社だと期待していました。しかし、ランドログですらその実現が厳しかったのは、建設プロセスそのものをランドログ自身も深く理解し、定義するというアクションを十分に行わずに、ツールの提供やデータの収集を進めようとしたからではないか、と私は分析しています。
関川:おっしゃる通り、そこまで踏み込んだプロセスの分析は困難でした。各社各様で、共通項を見出すのは難しく、結果として総花的になりがちでした。もっと「そのデータを使って何をしたいのか」を深く問うべきでした。現在は、共通基盤を持ちつつ、お客様ごとのニーズに合わせてカスタマイズするアプローチを取っています。
杉浦:それは良いアプローチです。ただし、それには各社が「何のためにデジタル技術を使うのか」という目的を明確に持つことが大前提です。多くは「今のプロセスは変えずにツールを導入したい」と言いますが、新しいツールを使うなら、新しいプロセスを構築すべきです。そうでなければ、新たな負荷が生じ、結局ツールが使われなくなる。既存のプロセスそのものを見直し、「どうすればもっと楽になるか」を考えること、つまりプロセスをデジタルで変革する「PDX(プロセス・デジタル・トランスフォーメーション)」こそがDXの本質です。
進行:現業のアウトプットは大きく変わらない中で、プロセス変革を進めるには相当な覚悟が必要ですね。
杉浦:「今のやり方のままで10年後も成長できるか?」という問いに真剣に向き合う必要があります。人手不足が深刻なこの業界で、DXへの投資は、10年スパンで見れば必ずリターンがあります。その「覚悟」を経営層が持ち、従業員と一丸となって取り組めるかが鍵です。専門部署を作るだけではDXは進みません。DX担当者はBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を理解し、現業プロセスを洗い出し、デジタルで置き換えられる部分、廃止すべき部分、そして規制や既得権益で手を付けにくい部分を分析する能力が必要です。その上で初めて、ツールの選定や導入方法の議論に進めます。
i-Constructionも「規制概念の打破」から始まっていますが、その大変さからツール導入に目が行きがちです。しかし、プロセスを理解せずにツールを使うだけでは、生産性が悪化しているのにDXをやっているつもりになる、という本末転倒な事態を招きかねません。自分で一度はツールを使ってみるべきです。「使ったら便利になる」と実感することが大切。私は何でも自分で試します。UAVも規制が緩い頃から飛ばし、解析もしました。デメリットも覚悟の上で挑戦する。その「覚悟」がなければ、デジタルは使いこなせません。
ランドログのビジネスモデルも素晴らしいですが、それを提供する企業が顧客のプロセスを深く理解していなければ、本当の価値は伝わりません。デジタルだけでなく、深い業務プロセスの理解が不可欠です。「プロセス」「デジタル」「変革」、この3つが交わる中心にi-Constructionの本質があります。この重なりを大きくしていくことが重要で、それを理解し実践する企業は、規模に関わらず成長しています。そして、その根底には、相手への「リスペクト・アンド・トラスト」が不可欠です。これがなければ、どんな提案も反発で終わってしまいます。メーカーも、単に製品を売るのではなく、「お客様のプロセスをどう変えたいか」という視点での提案と、具体的なユースケースの提示が必要です。その実現には、外部の専門家の力を借りてでも、自社のプロセスを徹底的に見える化する覚悟が求められます。それができた企業だけが、DXで本当に成長できると信じています。もしかしたら、こうした「業務プロセスの翻訳・最適化」こそが、EARTHBRAINさんの次の大きなビジネスになるかもしれませんね。
進行:本日は、i-Constructionの原点から、データドリブンなプロセス変革の重要性、そして建設業界におけるDXの核心に至るまで、大変示唆に富むお話をありがとうございました。今後の展開として、本日お話しいただいたような、変革の途上にあるプロセスの難しさや、それを乗り越えるための具体的なアプローチ、さらには最新技術の動向などをテーマに、引き続きこのインタビューリレーを企画していきたいと考えております。本日は誠にありがとうございました。
杉浦:ありがとうございました。
【建設DXインタビューリレー】
第一回 ランドログ立ち上げの原点と挑戦~ランドログ創業メンバー対談(前編)~
第二回 建設IoTプラットフォームの現在地と未来~ランドログ創業メンバー対談(後編)~
第三回 「いかに楽できるか」が原点 - 建設ICTの先駆者・松尾泰晴氏が語る3D活用とYDN設立秘話
第四回 「ジブンゴト」のまちづくりへ - 市民と未来を描くための3D活用と共創のヒント
第五回 航空宇宙、ドローン、そして建設DXへ - ローカスブルー宮谷氏が語る創業とプロダクト開発の道のり
第六回 【建設DXインタビューリレー Vol.6】大林組杉浦伸哉氏が語る、i-Constructionの本質と建設DXの勘所(前編)
第七回 【建設DXインタビューリレー Vol.7】大林組杉浦伸哉氏 DX推進の壁と鍵:「プロセス変革」と「リスペクト・アンド・トラスト」の重要性(後編)